自らのゴムの特性を活かし、「武装色の覇気」で皮膚を固めて張力・反発力を劇的に強化した、現時点でのルフィ最強形態。
凄まじいパワーの源は「弾性」。そもそもルフィの技の多くは、力を加えたゴムが伸びて変形することと、もとに戻ろうとする力を利用したものだが、
ギア4thでは数段階に折り重ね縮めた「超硬いゴム」を解放することで、より強力なパワーを得ているようである。
カタクリのパワーや、修行時代の巨大な獣たちに匹敵するほどの弾性反発力をもつ自身の手足を、テコや滑車も使うことなくルフィがどのようにして引き絞っているかは今もって謎だが、「ゴムゴムのガトリング」をほとんど予備動作なしで連射できるルフィの身体は、我々が知るいわゆる「ゴム」とは特性が異なるのかもしれない。
前回、予備動作で腕に息を吹き込んでいたにも関わらず、バウンドマンよりもスリムで小型に見えるのは、それだけの弾性圧縮が躯体に施されていると考えられ、その名の通り弾んでしまって立ち止まることすらままならなかったバウンドマンとは異なり、身体の必要な箇所に必要な弾性が、より合理的・効果的に秘められているようにも感じ、風神の羽衣のように纏った「煙」が体内に蓄えられた熱量を物語っている。
先に見せたギア4thとの違いをカタクリに尋ねられたルフィは「さっきより速い」と答えている。
行動を先読みする敵と戦う戦略は、分かっていても避けられない「超スピード」というのが王道バトル漫画の定石だし、カタクリと近い域まで先読みできるようになりはじめたルフィがそれを行えばカタクリを凌駕できる可能性は高い。
また、スネイクマンの名前の由来は、かつてドフラミンゴにもひと泡吹かせた「ゴムゴムの大蛇砲カルヴァリン」である。
「伸びて、戻る」という従来の直線的な攻撃を段階的に行うことで、途中で軌道変更を可能にした。腕を何階層にも折り重ね縮めているのはそのためだろう。
スネイクマンの攻撃は速い上に予測不能のため、常に集中していないと避けることも受けることも難しい。絶対的優位だったカタクリとルフィの戦力差は、今やかなり均衡してきたといえるだろう。
ふたりの間の明確な格差たりえる「能力の覚醒」を、カタクリはルフィを翻弄するために使っているが、決定打となる攻撃は渾身の力技である。それが無意識なのか、カタクリの意地なのかは分からない。もうこれ以上ルフィを手強く成長させないために、覚醒した能力は最低限の使用に留めている可能性も考えられるが、物語の展開の上でもルフィの覚醒はもう少し先延ばしにしてもらいたいところだ。
というか、僕は悪魔の実の能力の「覚醒」というものに、実はあまりいい印象を持っていない。
少し余談になるが、はじめて「覚醒した能力者」として登場したインペルダウンの獄卒獣たちは、人間体が登場せず、言葉すら発することはなかった。彼らは動物系の能力者だったため、覚醒した能力すなわち獣としての本性に取り込まれたのではないかと僕は考えている。
僕の仮説という名の妄想では、能力の覚醒とは、能力の暴走と同義なのだ。相応のリスクを負う必要があることが想像でき、覚醒することが必ずしも良い結果になるとは考えにくい。カタクリとの戦いでルフィが覚醒までしないで本当に良かった。
〜閑話休題〜
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互いに凄まじい技の応酬の後、いよいよ決着のとき。
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ところで、
戦いのさなかルフィは「痛ェ」「苦しい」「腹へった」と思ったことをそのまま口にしている。
これは「カタクリも、弱音も願望も何もかも言いたいこと全部吐き出しちまえ」と言っているようでもあるが、それは然るに、カタクリの感情を読み取って口にしたということではないだろうか。
「痛い」も「苦しい」も「腹へった」も、カタクリが我慢して飲み込んだ感情だったとしたら、カタクリにとってこんなに恐ろしいことはない。
「生き物の感情を感じ取る力」これは(ヤマカムさんも言っていたが)「見聞色の覇気」とは似て非なる能力なのかもしれないな。