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ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない

2017/06/17
 




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いよいよ、ジョジョの奇妙な冒険の第四部「ダイヤモンドは砕けない」がはじまった。

ファン待望のビッグタイトルだが、実は僕個人はそれほど待ち焦がれていたとは言い難い。
というのは、三部までと、四部以降のシリーズとでは、あまりにも作風が異なるからだ。

一部と二部は勧善懲悪の王道熱血ヒーロー物語だった。三部では、極めてマンガ的な特殊能力者同士の能力合戦にギミックを変え、ファン層の裾野をひろげながら、一部から連綿と続く物語の根幹をなす「血の運命」に決着をつけた。ジョースター一族の血の運命に於いては、それ以降は蛇足である。(あくまで個人的見解です。)

そういった理由からか、連載当時、僕は四部の途中から急速に興味を失ったのだ。
まあ、三部の時点で「生まれついての」スタンド使いというのがいたのだから、スタンド使い同士の奇妙な戦いが、DIOが死んだ今でも世界の何処かで繰り広げられていても、何ら不思議はない。

四部の物語は、主人公:仗助がたまたまジョースター一族の人間であり、たまたま仗助の住む杜王町で、スタンド能力に起因する不可解な事件が次々と起こっただけであり、仗助が持つ因縁や宿命とは無関係といってもいい。

それでも前三作からの系譜を印象深くするために、仗助は外腹とはいえ、孫である承太郎よりもジョースターの血を濃く受け継いでいるであろう「ジョセフの”息子”」という設定がなされ、そもそも三部でDIOがスタンド能力に目覚めるきっかけとなったアイテムがここ杜王町で今もスタンド能力者を増やし続けている・・・
という、いささか強引な関連付けによって物語は始まるが、これまでの三作とはまったく別の作品と考えるべきだと僕は思う。
ドラクエが1〜3でひとまず完結し、4から新シリーズとなったように・・・ちょっと違うか。

一〜三部は目的が明確だった。
最終的に倒さなければならない敵がはじめから明白で、主人公たちは、それを倒す強い決意や使命感に熱く燃えていた。比べて四部は、なにか得体のしれないことが自分の住む街に起こっている。気をつけろ。
と、なにやらボンヤリと物語が始まるのだ。

そして、物語中盤までラスボスの片鱗すら見えないまま、目的不明のスタンド使い増殖に、後手後手で対応する主人公たち・・・という、スタンドバトルという非日常を繰り返す、日常生活の物語だ。

いざ、有事にはケガをも辞さず体を張って戦うが、普段はごく普通に学校へ通い、仲間とふざけあったりする緊張感のなさ。この「ゆるさ」が、他のシリーズにはない四部の特徴なのだ。

さて、そろそろアニメの話に移ろうか。
基本的なスタッフは第三部「スターダストクルセイダース」からほぼ引き継ぎとなっているが、キャラクターデザイナーは、小美野雅彦から西位輝実に変更された。
前述したとおり、四部は三部までとは別の作品と僕は考えているので画のタッチが変わることに抵抗はない。

しかし、これは・・・
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う〜ん・・・
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なんというか・・・
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弱そうだ。

・・・鼻(鼻筋)・・・かな

たしかにジョジョの世界なんだが、いったい荒木飛呂彦のいつ頃の絵をモデルとしたのか、第四部連載当時の荒木のタッチとは明らかに異なっていることの違和感がすごい。

第一部・二部のキャラデザも女性だったが、荒木とはまるで異なるタッチでありながら、パワーと熱さを感じる絵だったし、アヴァンギャルドな色構成ともマッチしていた。
このメリハリのない絵柄が、二次創作のBL展開を暗に促しているのでないならば、これも本作の特徴である「ゆるさ」を強調するための手段のひとつなのか。

実は、毎回レビューを書くかどうするか、まだ決めあぐねている。第1話はもう観たが、レビューを書くとしても、少し待ってほしい。

来週、主題歌とオープニング映像を見たら、印象も変わるかもなぁ・・・
う〜ん・・・

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Comment

  1. 通りすがり より:

    まあ、キャラデザに関しては一部二部に比べれば原作準拠なのでは?
    多分、輪郭の線が細いんですよね
    4部後半~6部は身体がどんどん華奢になる一方で輪郭の線はやたら太くて絵面が荒々しかったんですよ(汚いともいう)
    それより心配なのは3部より長いことですかね
    吉良が出てくるまでは中弛みしまくりだと思いますよ

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